月光楽房

紡ぐ音の徒然、憂いながらもその煌きに魅せられた日々の軌跡

いじめ

罪人が望む罰の滑稽1

前にBlogで社内に於ける『虐め』に触れたことがある。
※参考 過去記事
お察しの通り問題は恥ずかしながら自社内で実在しており、それに対して毅然かつ然るべき対象を行い収拾させた。
加害者に対しては今後一切同様の事を行わない旨の誓約書を書かせ他は咎めなしという客観的に見ればかなり寛大なものであった。

会社としては企業コンプライアンスを遵守する為にギリギリの選択であり、上層部からは強制異動の話まであがった程であるから。

その加害者たる社員から退職届が提出された。
有能にしてダメージは少なくないのだが、周囲の反応は「やむを得ない」であった。
道義に反した行動がいかに信頼を損なうかがよくわかる反応であった。

俺個人としても予想していた事態に寧ろ「思いの外、時間がかかったな」くらいの感想である。

結局、咎めをうけなかったにしろ昇進の道は失った信頼のもと跡形もなく断たれてしまっていることを鑑みれば退職は懸命な判断であったであろう。

恐らくの話になるが。
彼は色々な職場で同じことを犯し転職を重ね、今回もその一環だろう。

『虐め』行為で趣向を同じくする下衆を連れ立つ快感で満足する器に未来を受け止める容量はない。
そんな自分に気付けない限りその不毛なループは続くことだろう。
※最後に小島瑠璃子嬢のAmazon広告を入れたのは単純に管理者の趣味です(笑)

『いじめ』について考える1

スケープゴート。
いじめの経緯構造に例えられる一端である。
色々な虐げを見聞きし体験もしたが、まさにこの構図に触れることは初めての経験なのかもしれない。

権威や権力、実力で押さえつけられている人間は鬱屈としたストレスを重ねているのだと思う。
そんな中にあって抵抗が薄かったり絶無の対象者を見つけると自分の支配力をディスプレイするような暴力(言葉も含む)を行う。

一度、この破壊衝動に魅せられた人間はなかなか抜け出せない。
何故ならば人間という社会性によって画一化される運命に従いながらも誰しもが解放してみたい本能なのだから。

カニバリズムのようなものなのかもしれない。
自分たちと比べて劣っていたり弱っていると認識した個体を嬲り辱め略奪と陵辱の限りを尽くす。

加虐側は自身の破壊行動に興奮し酔いしれる。
故に残虐性の加速度は天井知らずだ。

いじめに大義など存在しない。
いじめに正義など存在しない。
いじめる側の破壊衝動と征服欲を満たすだけのオナニーだ。

殺戮にも似たこの愚劣な行動に対して有識者と呼ばれる傍観者、穏健派と呼ばれる無能者の静観というもう一つの暴力が取り返しのつかない悲劇を量産してきたことは言うまでも無い。

加害者、被害者。
双方の当事者の環境を激変する以外でことの解決を聞いた例が無い。
ある時は加害者の排除。
ある時は被害者の排除。
ある時は加害者の自害。
ある時は被害者の自害。
いずれも哀しみは波及し各々に深い傷を残す。
あるいは仕方の無いことなのかもしれない。
それでも被害者側が割りを食う結果にさえならなければ僅かばかりの慰めにもなるのだが。

俺はこの問題に直面している。
どの様な舵裁きで、どの様な結論を出そうとしているのか。
正直なところまだ一筋の光明さえ見えていない状況だ。

理性とか倫理とか1

死刑制度廃止。
少年法重視。

人権や倫理みたいなものを唱える輩が賢げに理由をつける。
時には強引かつ滅茶苦茶な手段で。

愛する家族が被害にあっても同じことが言えるのか?
そんな素朴な疑問が消えない。

現在、話題になっている大津の苛め事件から派生した加害者及び加害者家族のプライバシー流失問題。

勿論、法治国家に於いてあってはならないことだよね。

でも、正直なたころ、いい気味にしか感じない。
そうした衝動を更なる苛めの連鎖として批判する者もいるけど。
まさに冒頭で言ったように当事者、つまりは被害者になった時に同じ理屈を貫くことが出来るのだろうか?

殲滅こそが相応しい1

大津で起きてしまった虐めによる中学生自殺事件がネット発信で大きな物議を醸している。

写真を始めとする加害者少年のプライバシー情報の流出。
厳しい糾弾は家族の対応言動にまで及んでいる。

こうした流れに対して当初は同乗して積極的な攻撃姿勢を見せていたメディアや世論がヒヨってきた。

元々、管理能力が削がれている教育現場に責任を追わせられないとか。
加害者少年の尊厳を無視した情報流出や無関係に位置付けられる加害者家族に対する侮辱めいた報道などを行き過ぎであるとか。

大胆にも流出した情報を自らのblogに掲載し烈しい糾弾を行った有名人に対しても批判がわきはじめている。

加害者の人権や尊厳。
加害者家族の言われなき迫害への救済。
彼等に対する糾弾はそのまま虐めではないのかと問われる道徳。

笑止。

フェンスで隔てられた外野自由席で同好の群れで行うアンチテーゼ・オナニーだ。
ずらりと列んだ絶頂に達した恍惚な顔を見ていると吐瀉しそうだ。

極限まで追い詰められて死ぬことを選ばされた少年の人権と尊厳は突然強奪されたかのように奪われた。
被害者のご両親は当然、悲しみという地獄に拒否も出来ずに叩き落とされた。

加害者に施す同情さえ暴力だ。
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