月光楽房

紡ぐ音の徒然、憂いながらもその煌きに魅せられた日々の軌跡

人生

母、来訪5

土曜日(2017/04/16)は愚母が拙宅を初めて訪問。
お義母さんと結婚前の挨拶以来の顔合わせとなった。

これは決して両家の間に確執などがあった訳ではなく、互いに偶然にも放任であったり、何よりも本人達はもとより親同士が面倒臭がりだったからである。

それが今回のお義母さんとの同居を機会に愚母が「息子を宜しく」などと挨拶したいという名目で遊びに来たという経緯。
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愚母が振舞ってくれた寿司。
普段はあまり口にするものではないので有り難く頂く。
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温野菜のチーズソースかけと生ハム。
生ハムの下に敷いてあるのは山葵菜。
家内の得意としている料理らしい。
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玉葱と豚バラ炒め。
こらは肉食である自分対策ということか。
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お吸い物はお義母さんが作ってくれた。
お酒の合間のチェイサーに丁度いい優しい味であったり。
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デザートはベリーのケーキ、レアチーズケーキ、苺とキウイフルーツ。

衰えはしたものの大食漢の自分も些かキャパシティオーバー。

互いに和やかな歓談で結構な長時間を楽しく過ごせたのではないかと思う。

ただひとつ残念なのは、この怠け癖によって生じてしまった空白の期間に自分と家内の父親が他界してしまったこと。

しかしながら無類の酒好きだった二人ではあるから、きっと向こうで盃を交わして交歓していることと思う。

伝えたい言葉と、曲げられない想い1

今更ながら、しかも重ねて。
改めて想う『主張』の奥深さと難しさ。

ひいては『信念』『信条』というものにも言及することにもなるのだろうが。

意志と意義を込めた言葉は自ずと正面を持ち、その角度に於いては少なからずの共感を得ることになるだろう。
言うまでもなく反面は摩擦や衝突を生む。

聞き心地の良い言葉とは謂わば多面体、または球体のようなもの。
平等かつ多様に反射し前述の負要素を回避できるが、その輝きは大きく失われるであろう。

支持を獲得するためには負要素のリスクを度外視した魅力ある言葉を発信しなければならないのかもしれない。

求心力のある言葉には様々な要素があるのだが、総じてそれらは香辛料のような刺激ではないだろうか。
反論や逆説、攻撃的な表現は高揚を演出し扇情的な効果を醸すのだ。

生物が誇るべき能力の一つに『順応』がある。
刺激とは外圧であり、言い方を変えれば痛覚に訴えた歪曲した快楽という錯覚である。
故にどんな斬新を備えた言葉もいずれ『慣れ』によって無味無臭化していくのだ。

発信者は更なる効果を求めて言葉を紡ぎ、受信者もまたその刺激の増幅を願い求める。

そもそもがブレイキイーブンの匙加減を感覚値で手探りしつつ辿り着くのがプロパガンダなので、いく末とは過激の極みである。

さながら激辛カレーの至極を追い求めるマニアみたいなものではないだろうか。

かく言う自分も、そうした教条と扇情に満ちた言葉を求めて鬱屈した探索に耽る日々があった。

言葉の洪水で相対する主義主張を押し流すのに勝利を模した快楽を貪っていたのかもしれない。
※といいつつ、この文章自体が既に夥しく冗長化してはいるのだが。

伝えなければならないこと。
どうしても譲れないこと。
それを『主張』とするのであれば、そうした手段手法も已を得ないかもしれないとも思う。

時には誰かを傷つけたりすることもあるかもしれない。
時には誰かの憎悪を煽って対立と敵対を創り出すのかもしれない。
それらを避けることは本懐から目を逸らした妥協を受け入れるという卑劣なのかもしれない。

本当の意味で大切な人の心に寄り添うということは、そうした痛覚を与えることを恐れない気高さと唱える諸兄もおられる。

結論として。
残念ながら自分はそこまでは開き直れないのである。

多面体、球体の優柔不断をフレキシビリティとして解釈したいのは虫のいい話なのだろうか。

対決に至って、ステゴロで殴り合い、浜辺でお互い寝転んで「お前、なかなかやるな」と称え合うのは、どうも漫画の世界にしか無いと思えてしまうのだ。
人が本気で殴り合えば命を落としかねないように、衝突による決裂はそのまま決別になってしまうことのほうが安易に予想できてしまうのだ。

最新の注意をはらうこと。
言葉を磨いて角を落とすこと。
自分の中に確信を抱けるまでは続けたい作業である。

FM-TOWNSの想い出5

えっと…畏れながらヲタクなお話しをば。

貼り付けたCM動画の富士通社製品であるFM-TOWNSは自分が初めて購入したパソコンである。
※今から30年以上も昔のお話しです(笑)

当時の富士通はMシリーズに代表されるメインフレームやKシリーズなどのオフィスコンピュータといった開発ユースのコンピュータが主流で、辛うじてFM-Rシリーズというハイエンドユーザー向けの機種を販売していたものの、NECの98シリーズに大きく一般向けシェアで遅れを取っていた。

そこで満を辞して発表されたのがこのFM-TOWNS。

周囲の主流がまだ16ビットの時代に、つい最近まで採用されていた32ビットCPU(クロック係数は大体最高40MHz😓)を搭載し、当時はまだ珍しかったCD-ROMが実装された。

こんだけの鳴り物いりですからね。
値段も凄いことになりました。
プリンタと何故か別売りだったキーボードを併せて価格は500,000円也‼︎
当然月賦となりましたが、購入した時の喜びは言い表せません。

とまあ、ここまでは「なんのこっちゃ⁉︎」「お前の話はつまらん‼︎」となるでしょう。
…ごめんなさい🙏▶️この後に別段面白くなる訳でもありません(・・;)

本当はこのマシンについてまだまだ語りたいことは沢山あるのですが、取り敢えずここまで。

このCMに出演した南野陽子嬢とはこのパソコンが発売される二年前に会ったことがあるのです。

彼女のドラマに於ける出世作になるのではないかと思われる『スケバン刑事』の第一回撮影が自分の母校で行われ、当時大会を控えていた自分の部活と代わり番こで体育館を使うことになったのです。

その時に見た南野陽子嬢は小さくて可愛くて同じ人類とは思えなかったのを鮮明に憶えております。

アイドルには全く疎かった純朴少年(笑)の自分は、仲間から伝え聞いた嬢の名前を聞き「え?南田洋子?」と大声で盛大に間違えてしまいました😅

運悪く真後ろにいた嬢。
「南野陽子です‼︎ どうか憶えて下さいね‼︎」とニッコリ笑って握手してくれました。

まだ放置されている実家の自分の部屋には前述のFM-TOWNSがあり、電源を入れればまだ稼働します。

たまに帰省しそのFM-TOWNSを見ると嬢の輝くような笑顔と柔らかな掌を思い出します。

はい。
一体なんの話だったか支離滅裂でございました(笑)

あの日1

おはようございます。
東京は見事に愚図ついた空模様で、今にも降り出しそうなのを首の皮一枚で踏みとどまっている状態です。

昨晩は『月曜日の尋常ならざる倦怠感』を回避する為に20時には就寝するという小学生並みの品行方正さを以って臨んだにも関わらず、今朝も例外なく「仕事行きたくない」病に苛まれる始末。
どうやら睡眠時間はあまり関係なかったようです。

「あの日」から六年たった土曜日ではありましたが、まだ記憶が鮮明を保ってることをして未曾有の衝撃であったことを改めて想うのとともに、被災され命を落とされた方のご冥福と、未だ避難生活を余儀なくされている方々の一日も早い救済を改めて願うところです。

六年前の「あの日」に混乱と混沌に溢れかえった新橋駅はまるで何もなかったかのように、今朝も気怠いサラリーマン達がチラホラと一日の始まりを粛々とまっとうしています。

日常とは危うい均衡の上に成立してることを受け入れ感謝しながら送るものなのだと寝惚けた頭で考える朝でございました。

今週もどうか宜しくお願い致します。

Promise in the history1

出逢いがあって
決別があって

悔いて省みたり、憎しみを掻き立て忘却に帰そうともしたけど
刻まれた自分の道程の中でそれは改竄の叶わぬ事実

呑みこんで受け入れるには
あまりに今は鮮度が良すぎて
感傷を擽る薫りが鼻につく

天命知命を迎え、迫り来る老いの鈍痛が齎す不快感に耐えながらのこの試練は些か残酷な運命と噛み締める

不義理として
裏切りとして
やむを得なかった過失として
過去に沈めてしまうのは
もしかして安易にして然るべき嗜みなのかもしれない

それでもこの先
まだまだきっと平坦ではない路を歩むのであれば
この苦渋を能動的に味わいながら歩みを進めるのが実直であろう

閉ざされない限りは
前を向くことは許されている

【Music】Promise in the history
【Player】浜田麻里

北のあたりに

四季を駆け抜けて辿り着こうとしている起点。

短い秋は恐らく瞬きをする間もなく過ぎて冬がやってくる。
あまりにも慌ただしく、あまりにも騒がしかった期間も過去の忘却となっていくのだろう。

寂しくもあるが、それ以上の安堵に委ねることのほうが自分らしい。

あの白き頂の積雪に総てを埋めて、もう1度改めて歩き始めよう。

【Music】Near Northern
【Player】Barbra Higbie Quintet

Literty

決別さえも屈辱に塗り潰されたこの夏。
来年、思い出すのだろうか。
いや。
それよりも。
満たされていた季節がこれからやって来る。
寧ろ、その回想こそがこの胸を掻き毟るのだろう。
放棄する事で得た自由とは思考する不安を齎した。

なんちゃって(笑)

ぼけーっとしてる時に口ずさんでしまう曲の1つだったりします。
充実した1日を過ごし、一息つきつつ湯船で歌ってしまおましたよ。

明日からまた新しい一週間が始まりますね。
張り切ってまいりましょう!!

【Music】Liverty
【Player】鈴木雅之

独り呑み

なんだかんだ…まだ気分は滅入ってしまう

呑んで誤魔化すことが増えたかもしれない。
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虎の威を借る愚者

ネットに転がってる有識者の見解が掲載されている記事を引用して、さも自分が言った気になって賢しげに振る舞う方。

メッセンジャーで話していても「〇〇先生はご存知?」「〇〇教授が素敵な事を仰ってたの」など。

「結局、あなた自身はどのようなご意見をお持ちでしょうか」と煮詰まった頃に何度か訪ねたところブロックされました。

「あるある」か「ほんこわ」か微妙ではございますが😅
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季節は決別の記憶さえも塗り潰していく

決別さえも屈辱に塗り潰されたこの夏。
来年、思い出すのだろうか。
いや。
それよりも。
満たされていた季節がこれからやって来る。
寧ろ、その回想こそがこの胸を掻き毟るのだろう。
放棄する事で得た自由とは思考する不安を齎した。

なんちゃって(笑)

ぼけーっとしてる時に口ずさんでしまう曲の1つだったりします。
充実した1日を過ごし、一息つきつつ湯船で歌ってしまおましたよ。

明日からまた新しい一週間が始まりますね。
張り切ってまいりましょう!!

【Music】Liverty

矮小

「半端もんが語る」
友人の名言を拝借。

逃げを打つようでもあるのだが、枕に自戒を鎮座させておく。

自己憐憫はその甘味を知る程、深く人格を蝕んでいく。
前進の試練に耐えられなくなると回顧に美化された日々に酔い痴れるのだ。

省みる事は無く、批判に対する耐性は絶無。
癇癪を恐れた周囲の賛辞によって陳腐な自尊心を辛うじて維持するだけだ。

自分をあたかも神格化して語るのはそんな虚栄に満ちた虚無を維持する慰みである。


老い

経年と経験が常に豊かな実りを齎すわけではないのは承知。
達観と思い込んだ盲目、頑なで寄せ付けない厄介な観念を産み育ててしまうこともしばしばに思われる。

種は十人十色だ。
成功に酔い痴れた過去を忘れる事が出来ず見失ってしまった虚実の軋轢が結晶化したもの。
卑屈ながらも実直に重ねた成果を盲信してしまうがあまり、変革に対して過敏に否定で防御してしまう自我の淀み。

いずれも外圧による変化は殆ど望めない。
悪しくも熟成された信念は生涯貫かれる。

貪欲に研鑽を重ねるマイノリティとは長らくそうした姿勢を保つ訓練をしてきた者だろう。


暴走

充実感に駆られ衝動のままに勇み足する若者に、かつての自分を垣間見てしまうので諌めるなどの無粋はしないのだが、その滑稽さについつい赤面してしまう。

勝手に納得した大義を振りかざし疾走するのは爽快だ。
その勝手に背負った負荷さえも選民ゆえ与えられた試練として受け止めればとてつもない快感を得られる。

この状態は経年で収束するとは限らず、邂逅と同等な衝撃を経験することでなされる。
その衝撃とは挫折ではないだろうか?
その挫折を以てして自分が牽引していたと思っていた時事が実は後押しされていたこと、そしてまた自分の存在とは突出から俯瞰していた大勢の一部に過ぎないことに気付くのである。

歪で滑稽、そして攻撃的な振る舞いを遠目で静観しながら自らを省みる。


Even though easier to once give up.1

It is not to fail If you do not have hope. 
Worry there is no fear when no longer. 
There is no disappointment if fun is vanishes.
You is not so necessary.

Norwegian Wood

羨ましがるだけの幸せが護らなければいけない責任に変わるなんて想像も出来なかったあの頃。
妬ましいだけの安息が代償によって成立しているなんて知ろうともしなかったあの頃。

或いは大胆で
或いは愚直で
狡猾を蔑視することでしか自己肯定出来なかった滑稽な生き物。

それでも反芻するように繰り返し懐古するのはきっと満更でもなくその時を過ごしていたからに違いない。

あの頃過ごした森にはもう帰れない。

Save Me1

なんか今週は仕事を通じて人が傷付くのを見る機会が多かったなぁ。
お金貰ってやってる事だから厳しいのは当たり前のなんだけど、同じ人間同士が対峙して始まるワケだから、そこには常識を逸脱しない程度の気遣いは最低限あっていい筈だと思うんだよね。
Queen
1980-01-01

もやもやと。
心の中にあまり良くない感情が燻っている時。
フレディの歌とブライアンのギターで涙のデトックスをさせてもらうとしましょうかね。

NEW ARRIVAL5

拙宅、御手洗の電球が切れてしまったらしく通院途中に家内からLINEで伝言。
「帰りに電球と台所の水切りネットを買って来て」
了解をすぐさま返した。

診察が終わり処方箋調剤薬局がドラッグストアだったので、ついでに調達することにした。

…いつもの安価な電球が売り切れ‼︎ ※160円くらい
し、仕方ない。
いよいよコイツを導入することになるのか‼︎

激しく遅れ馳せながら拙宅に初めて『LED電球』がやってきました。

Beethoven 『Symphony No 5 in C minor, Op 67』5

Vienna Philharmonic Orchestra Christian Thielemann, conductor

ベートーヴェン作曲 交響曲第5番『運命』。
あまりにも有名なこの曲。
実はまだ一度も演奏したことがない(譜面ピースで練習くらいはした事があるけど)。
ロマン派の中でも古典派に分類されるベートーヴェンはバロック様式を継承しつつも、最新式かつ彼のみが使いこなした高度なオーケストレーションを駆使して沢山の名曲を残している。
この『運命』にも新しい試みとして、それまで交響曲に導入されていなかったトロンボーンが用いられている。

俺の親父は典型的な理系人間で数字には滅法強いが音楽などの芸術にはまるで門外漢だった(文学には強かった)。
そんな親父なのだがこの『運命』は大のお気に入りだった。

俺がトロンボーンを始めると「いつかオーケストラに入ってお前の吹く『運命』を聴かせてくれ」などとよく言われていた。

暫くオーケストラで活動する期間があったのだが、会う度に「おい、まだ『運命』はやらないのか?」などと訊かれ辟易していたのを憶えている。
個人的にはワグナーやブルックナーなどの作品を好んでいて、当時所属していたオーケストラもそういった作品を頻繁に演奏していた。

それでも第九交響曲を演奏する事になった時には同じベートーヴェン繋がりで嬉しかったのか演奏会用の衣装を新調してくれた。
演奏終了後に客席でスタンディングオベーションをしてくれていたのを見つけて嬉しいやら恥ずかしいやら複雑な気持ちだった。

その後、俺はJAZZやLatinに傾倒していくこととなり、ベートーヴェンの作品を演奏する機会は殆どなくなっていた。
それでも顔を合わせると「『運命』はもうやらないのか」と言われ鬱陶しいのもあるが、反面申し訳ない気持ちもあった。

初めて手にした楽器は親父が全額負担して買ってくれたものだった。
恐らくその時から俺が『運命』を演奏することを楽しみにしていたことだろう。

親父は脳梗塞で倒れた。
入院生活を経てみるみる衰弱していく姿を見るのは痛々しかった。
俺は既に実家から遠い土地に住んでおり、そろそろ危ないと言われた時期でも週一回くらいの見舞いがやっとだった。

衰弱と共に記憶も曖昧になっていき、お袋や俺の顔を見ても分からない事が多くなった。

それでも調子のいい時には俺に気付いて「『運命』は演らないのか」と訊かれたのには驚いた。そんなに俺が演奏する『運命』が聴きたかったのにも。
「まだ演らないよ。でも近々演奏することになるかもしれないから早く良くなって退院して聴きに来てくれ。」と言うと嬉しそうに笑うのだが、すぐにまた記憶が遠くなるのか俺が誰かもわからなくなってしまう。

親父が逝ったのはそんな状態になって割と早かった。
報せを聞いて急いで駆けつけたが間に合わなかった。
病院に到着すると衰弱しきって見る影もない親父がもう動くことも喋ることもなく横たわっていた。

火葬場から親父の入った骨壷を抱きながら話しかけた。
「悪かったな。結局、俺の演奏する『運命』は聴かせられなかったな。」

この交響曲五番はあまりにも有名な人生の扉を叩くとされるフレーズに始まり、壮大で神々しくも勇ましいフレーズで曲が締められている。

親父は親父の運命をしっかり生きたのだと俺は信じたい。

親父、ベートーヴェンのヤツは無理だったけど、特等席で俺の『運命』を楽しんでやってくれ。
あとでそっちに行ったら感想を聞かせてくれよな。

道化もどき

センスの貧困なお調子者が面白風味ではしゃいでいるのを見ると虫酸が走る。
それは雑な話芸に過信している様を見る赤面ものの恥ずかしさ。

適当に相手をしてやって気分を良くさせておく俺の偽善者ぶりもなかなかだな。

それはともかく女優の伊藤歩さんは綺麗です。

正義の灯火1

道理の通じない輩が常識を蹂躙するのがどうやら世の常らしい。
天罰なんてものが鉄槌を下してくれるなら暫しの我慢も報わられるのだろうが。
殆どの場合は所謂『やったもの勝ち』という始末。

やってられなくもなるだろう。
泣きたくもなるだろう。

もうひと我慢で逃げるのも有効な対抗策かもしれない。
その時に感じた敗北感も時間が癒してくれることもある。

酷い世の中なのだと蔑むことで慰められるならそれでもいい。

『いじめ』について考える1

スケープゴート。
いじめの経緯構造に例えられる一端である。
色々な虐げを見聞きし体験もしたが、まさにこの構図に触れることは初めての経験なのかもしれない。

権威や権力、実力で押さえつけられている人間は鬱屈としたストレスを重ねているのだと思う。
そんな中にあって抵抗が薄かったり絶無の対象者を見つけると自分の支配力をディスプレイするような暴力(言葉も含む)を行う。

一度、この破壊衝動に魅せられた人間はなかなか抜け出せない。
何故ならば人間という社会性によって画一化される運命に従いながらも誰しもが解放してみたい本能なのだから。

カニバリズムのようなものなのかもしれない。
自分たちと比べて劣っていたり弱っていると認識した個体を嬲り辱め略奪と陵辱の限りを尽くす。

加虐側は自身の破壊行動に興奮し酔いしれる。
故に残虐性の加速度は天井知らずだ。

いじめに大義など存在しない。
いじめに正義など存在しない。
いじめる側の破壊衝動と征服欲を満たすだけのオナニーだ。

殺戮にも似たこの愚劣な行動に対して有識者と呼ばれる傍観者、穏健派と呼ばれる無能者の静観というもう一つの暴力が取り返しのつかない悲劇を量産してきたことは言うまでも無い。

加害者、被害者。
双方の当事者の環境を激変する以外でことの解決を聞いた例が無い。
ある時は加害者の排除。
ある時は被害者の排除。
ある時は加害者の自害。
ある時は被害者の自害。
いずれも哀しみは波及し各々に深い傷を残す。
あるいは仕方の無いことなのかもしれない。
それでも被害者側が割りを食う結果にさえならなければ僅かばかりの慰めにもなるのだが。

俺はこの問題に直面している。
どの様な舵裁きで、どの様な結論を出そうとしているのか。
正直なところまだ一筋の光明さえ見えていない状況だ。

奢り

人を育てるなんて幻想だ。
成長は本人の自覚と資質によって成し遂げられる。
2014-10-30-21-44-53

恫喝とかなどもっての他。
自慰行為でしかない。

そんな厚顔無恥な自信家をメクジラたてて攻撃するのが、かつての自分。

恥ずかしい。
触らず静観。
暴力が介入した時は流石に止めるだろうけどね。

そんなこんなで身近で繰り広げられているこの茶番を静観。
気が向いたら続編アップです。

栄枯盛衰

順風の美酒に泥酔する者達の末路は決まって侘しい。
彼らはそれに気付かないからこそ快楽の甘味を存分に堪能する。
不遇に堕ちた有象無象を敗者と呼ぶ肴が乱痴気を更に加速させる。
俺は相変わらず夢見が悪い。
2014-06-17-06-39-18

聖域

劣化する心身に抗うことに陶酔し自尊の糧にしている人々。
様々な試みも虚しく波に飲み込まれてしまい已むない敗北感に縛られる人々。
このお互いは決して干渉すべきではない。
それはお互いの為に。
2014-06-17-06-38-41

演歌で昭和な週末5

会議が終わり、特に立て込んだ仕事は既に片付いていた為、たまには午後半休。

帰り際、床屋に寄ってから、日高屋で担々麺と半炒飯を食して帰宅。

夕方になって思い立ち、銭湯へ。
二年ぶりくらいか。
二十円値上がりしていた。
しかしながら久しぶりにゆっくりと足を伸ばして入浴出来る喜びに大満足。

そのかえりみちには行きつけの酒場で。
少し深酒してしまいましたよ(笑)
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連休前、黄昏Time5

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駅前、選挙運動真っ盛り。
国民が自分の権限で政治に参加出来る機会なので、とても大切なことなのだと想う。
が、しかし。
騒がしかったり、通行の邪魔になるのはなんとかならないものだろか。
ま、最も驚愕する程の無関心度合な有権者層に訴えかけるには仕方ないのかもしれない。
いつもの黄昏Time。iPodの音量を少し上げる。
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