充実感に駆られ衝動のままに勇み足する若者に、かつての自分を垣間見てしまうので諌めるなどの無粋はしないのだが、その滑稽さについつい赤面してしまう。

勝手に納得した大義を振りかざし疾走するのは爽快だ。
その勝手に背負った負荷さえも選民ゆえ与えられた試練として受け止めればとてつもない快感を得られる。

この状態は経年で収束するとは限らず、邂逅と同等な衝撃を経験することでなされる。
その衝撃とは挫折ではないだろうか?
その挫折を以てして自分が牽引していたと思っていた時事が実は後押しされていたこと、そしてまた自分の存在とは突出から俯瞰していた大勢の一部に過ぎないことに気付くのである。

歪で滑稽、そして攻撃的な振る舞いを遠目で静観しながら自らを省みる。