「ねぇ、この曲って可愛いよね」
「俺はもっと荘厳で勇ましい曲がいいよ」
「でも私、この曲を一緒にコンクールで吹きたいよ」

最高学年に進級して間も無い頃にこの年に行われる吹奏楽コンクールの課題曲が発表された。
東京佼成ウインドオーケストラ、他
2014-07-23

「去年は悔しかったよね」
「うん」
「今年は絶対うまくいくよね」
「うん」

去年の記憶が呼び起こされる。
悔しさに唇を噛み締めて堪えていた。
「もう一年あるよ」
「…」
「一緒に頑張ろうよ」
「…」
彼女は精一杯腕を広げ俺の肩を抱いた。
涙が頬を伝い顎からポタポタと熱い地面に堕ちた。

「私、やっぱりこの曲で一緒にコンクール出たいよ」
「あのね」
「ん?なに?」
「俺、来週、転校する」
「…」
「急に決まったんだ」
それだけしか言えなかった。
彼女の頬を涙が伝い顎からポタポタとまだ雪が無くなったばかりの冷たい地面に堕ちた。
「…」
唇を噛み締めていた彼女の小さい肩を力一杯抱きしめた。
「俺たちは一緒に吹ける」
「え?」
「お前はこの部を大会まで俺の代わりに連れて行ってくれ」
「…」
「俺はお前に会うために大会まで絶対に行ってみせる‼︎」

春はあっという間に過ぎていった。
再び巡ってきた暑い季節をお互いがお互いのすべき最善と全力を尽くした日々を過ごして来た。

「元気だった?」
「手紙は欠かさなかっただろ?」
「私の手紙が3通に1通くらいだったじゃない」
少し膨れて見せた彼女に少し緊張がほぐれた。
「いい演奏だったな」
「ありがとう」
「じゃあ、次、俺の番だから」
「応援してる」
「駄目じゃないか、俺たちライバルなんだし」
「君の学校をじゃなくて、君の応援をしているから」
「ありがとう」

呼びたしのアナウンスに再び緊張が走る。
「いってらっしゃい」
「ああ、待っててくれよな」

《続いての演奏は〜中学校吹奏楽部。課題曲B 『カドリーユ』》

中学校吹奏楽部生活最後のコンクールが始まる。
俺たち二人が過ごす中学校生活最後の夏がすぎていく。