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なんかなんとなくAKB48を聴いてしまっている。
駄目か?(笑)

何気に'80sに青春時代を過ごしている人間には郷愁のようなものがあるのかもしれない。
当時の歌謡曲シーンを席巻した秋元康が全面で筋書を書いているからだろう。

この企画をリリースするまでにはきっと一定期間のリサーチは当然あっただろう。
それは多分、ハロプロ勢力が破竹の頃。

小室哲哉のサウンドが全盛の頃からテンプレートは出来つつあったのだろう。

■アーティストのパッケージ化
全体をファミリーとしてユニットの派生やメンバーの入れ替えなどフレキシブルに編成を変えてニーズに多様化。
小室哲哉の頃にはまだまだ試行錯誤していた手法がハロプロでは一気に開花。
当時は本当に斬新だった。

■プロデューサー主導の作品造り前面化
今までもきっと同様の影響力で制作活動を牽引していたポジションであったが、決して表に出る存在ではなかった。
しかし、まるでオーケストラの指揮者、マエストロ的な存在として圧倒的な存在感とレーベル力を放つようになったのである。
実際にプロデューサーの音楽的指向や趣向は塗り潰すように反映されていた。
(小室哲哉の場合は楽曲の殆どを手掛けていたので当然だが)

■運用のシステム化
商品化、商標化、ロイヤリティをこれまで以上に管理し直接的に経済活動に結び付け、利益はその効果を反映して巨額になった筈だ。

正直な所、小室哲哉の音楽にはかなり辟易していた。
サビは確かにキャッチーだが、作品全体に漂う適当感は多産故、彼の世の中をナメきっていた故だろう。
確かに素晴らしい才能がある。
しかし有限の資源を枯渇させてしまった感は否めない。
劇的な楽想の変化や注入がない限り彼の再起は難しいだろう。
間違いなく今に至る段階で彼の時代は終焉を通過した。

つんくは小室哲哉より音楽を勉強していた。
凡人が故の努力だろう。
だからこそ小室哲哉の音楽と比較して鮮やかさと多彩さがあった。
駒となるタレントの人選にも大成功した。親近感が湧く低年齢層の女の子。つまりその辺にいるちょこっと可愛い娘である。
エンターテイメントとしてプロジェクトのテンプレートは結実し熟成したと言ってもいいだろう。

つんくは見事に小室哲哉の弱点と過ちを修正補填して後釜に納まった。
天下を取ったのである。

引き出し充分、ノウハウ充実、順風満帆で死角無し、つんくのハロープロジェクト。
落日のトリガーは何か。
駒の根本的な品質である。そして管理の破綻である。
こっもあろうに構成するタレント達が自滅したのだ。
卒業したとは言え、元メンバーの不祥事はプロジェクトの性質からして本体に大ダメージを与えるのだ。
これは不可抗力と言っても良い。
ミュージシャンが出来る限界と言ってもいいだろう。

そう。
秋元康の本質は実業家だ。
希代の作詞家であることは揺るがないが、それは一面に過ぎない。
前述の二人が沈んでいく様をじっくり観察もしている。
最強の優性遺伝を実現したのだ。

作品の質にもそれは現れている。
往年の作詞家と選ばれた作曲家により作られた曲と比較すると、つんくとはプロフェッショナルとアマチュアの差がある。
アレンジャーも一流だろう。完成度が違うのだ。

こうして一つの集大成が形になったと言ってもいいだろう。

しかしながら落陽なき一日はない。
いつか次のムーブメントは来るだろう。

時代を映す鏡として音楽の大きな流れを愉しむのもまたいいもんだ。